菜の花
清らかな川の町
花街の小さな女戦士
岩崎 美枝子(著/文 他)
A5判 160ページ 並製
価格 1,760円 (消費税 160円)
ISBN978-4-910785-26-4 C0093
在庫あり
書店発売日 2025年04月13日 登録日 2025年03月24日
書評情報
西日本新聞 朝刊 | |
西日本新聞
朝刊 評者:茶園梨加 |
解説
歓楽街で働く人たちのリアルな姿を、そこに住む少女の目を通して、きれいごとばかりではなく、猥雑さを臆することなく描き、ずるさや怖さ、弱さを描いた上で、ある種の愛らしさへとつなげる描写力がすばらしい。(東直子)
紹介
(作家・東直子 福岡市長賞選評(抜粋)より)
福岡市長賞作品の「清らかな川の町」は、昭和四、五十年代の福岡の歓楽街で働く人たちのリアルな姿を、そこに住む少女の目を通して生き生きと描き出していて、読みごたえのある作品です。
地元の人々の交流を描き、実に個性的な人々が次々に登場します。そういう人たちを、きれいごとばかりではなく、猥雑さを臆することなく描き、ずるさや怖さ、弱さを描いた上で、ある種の愛らしさへとつなげる描写力がすばらしいと思いました。
福岡弁をさりげなく生かした会話は、味わい深くて胸に染みました。読み終えたあと、切ない余韻がいつまでも残りました。読後にタイトルの意味が違って見えてきます。
目次
目次
第一章 清らかな川の町(福岡市長賞受賞作)
キヨカワのお化け屋敷
偽女王蜂の罠
マイマイカムリの狼(未発表作)
ゲンゴロウ虫の馬車
ガンダーラはいずこ
第二章 無敵の花街少女(未発表作)
小さな女戦士の目覚め
又ミエコ
呪いのリカちゃん人形
千人を敵に回しても
第三章 清川ロータリー
秘密の花園
赤サギ
第四章 清らかな男たち
ハンタカ
幸せの黄色いヨッちゃんTシャツ
ジュディ・オングに魅せられて(未発表作)
鉞の太郎さん
第五章 学び舎(未発表作)
チキュウギとチキュウオウギ
シャチ教師VS清川のクンタ・キンテ
第六章 柳と三日月
出稼ぎ
第七章 清らかな風の吹く町
化石の街
仏壇返し
サブちゃんの白い雲
さいたらおばさん
清川の女戦士たち
夕日との別れ
第八章 ぺぺやんと寅やん
〝鰻釣り〟の春さん
春さんのサンドイッチ
〝あけぼの荘〟事件
清川の小さな女戦士
〝女狐の鳥居〟
〝鳥居〟の奥に生きる人々
仲直りの放生会
突然の別れ
いつの日か
平成二五年度福岡市民芸術祭文芸部門(小説)選評(抜粋) 東 直子
初出
前書きなど
第一章 清らかな川の町
キヨカワのお化け屋敷
この川は昔、清川という花街を写す鏡だった。沢山の酔っ払いの小便とその男たちに群がる女達の涙を呑み込んだ。そして、私達三姉妹を生かした。
昭和三十一年の売春防止法制定に伴い、昭和三十三年に赤線が廃止された。博多の遊郭街だった新柳町は昭和三七年に「清川」と町名変更され、遊郭、女郎屋もひそかに名をかえ、カフエー、バー、クラブとなった。昭和五十年、新幹線開通で博多駅の開発が進むと、賑わいは中洲へと移って行った。
清川のロータリーの角にある私達の棲家も、女郎屋から「カフエーふじ」となり、常連客と隣接の「キャバレー月世界」の流れ客でなんとかやってこれた。中洲の繁栄でだんだん客足が遠のくにしたがって、ホステスもどんどんいなくなった。母はこの店の女将で、本名は徳子だったが町の人からは「カオル姉さん」と呼ばれていた。父は、一六〇センチもない小男で、この時代には珍しく頬にシリコンを入れ、宍戸錠の真似ばかりしていた。母は一七〇センチ近くの大女で、ごつごつした顔と根性者の証であるしゃくれあがった顎をしていた。町の人からは苦労人の働き者として通っていた。父は名目上、店のマネージャーだったが、店にも家にも寄り付かず、美容院の女と暮らしていた。
家は古く、迷路のように細い廊下が走り、たくさんの小部屋があった。店のホステスたちも行き場のない枯れた女達で、最後までここで頑張ってくれた三人は、私達三姉妹の面倒を良く見てくれた。長老のミヨちゃんは、色黒で背が高く「オカマ」、二番手の加代ちゃんは着物を着るためにいつも髪を天高く結い上げていたので「蟻の尻」、三番手の一番ヤングの四十歳のミキちゃんは体格が良く薔薇の刺青をしていたので「墨入りの力士」と呼ばれていた。
一階は店、二階には両親と祖母と私達三姉妹が暮らし、違法建築で建て増しした三階にはミヨちゃんと加代ちゃんとミキちゃんが住み、合計九名がぎゅうぎゅうに暮らしていた。
私が四つの頃の清川町は、錆びれかけたとはいえ、まだたくさんのお店があった。夜になれば年配の酔っ払いがぱらぱらと歩き、それを店に連れて行くために厚塗りのおばさんが十メートル置きに立っていた。夜とはいえ、子供にとってはキラキラした安全な町だった。
私達三姉妹には、北は北海道から南は沖縄まで、お土産を買ってきてくれる「○○のお父さん」と呼ばないといけないお客さんがいた(○○には客の出身地名が入る)。
そのおかげで私達の部屋には、特大の毬藻や本物のさとうきび、大きな手作りの凧、高知の珍しい金魚などが、所狭しと置いてあった。
本物の父親は、月に一度、四歳年上の愛人の美容院の家賃を払うため、月末にお金をせびりに来た。その日は、必ず母との殴り合いが始まる。父親が「みちづれ」を唄いながら、階段を上ってくる音を聞くと、蕁麻疹が出てくるようになった。
なかなか日が暮れない夏の日、いつものように父と母の仁義なき戦いが始まった。ほんの少し賢くなった私と姉は、父親からお金を取り戻してくれる男手を探しに隣近所を訪ね歩いた。まず隣りの漬物屋さんはご主人がすでに蒸発していた。その隣りも同じく、その隣りの焼き鳥屋さんもタバコ屋もみんな訳は色々だが、男たちは一人も居なかった。そこで、閃いた。私はコーラの飲み過ぎで太り過ぎた姉を残し、風呂屋に走った。男風呂の暖簾の下をくぐり、色鮮やかな背中をした強そうな男の人達の中に入り、
「うちが大変なことになっとるけん、助けてください。うちは、すぐそこの角の『ふじ』という店です」と言うと、四、五人の男が口を揃えて
「あっ、あのお化け屋敷ね!」と言った。私は何故か物哀しい気持ちになり、寂しく男風呂を出た。暫くして生ぬるい風と共に、
「おーい」と後ろから声がかかった。濡れタオルを肩に掛けた清水健太郎似の若い二人組が、
「これ飲め」と言って瓶のスコールをくれた。私は、この二人の若い男が父をこてんぱんにやっつけてくれるところを想像し、スコールを飲みながら、般若と鷹の刺青の二人を連れ帰った。
しかし、時遅し。母は、相当に打ちのめされ、父は金を持って出た後だった。二人の男は、
「くそっ、遅かったか!」と悔しそうな顔をしたが、ぼこぼこに殴られた母を見ると一気に蒼ざめた顔になり、
「嬢ちゃん、また風呂屋でな」と逃げる様に帰って行った。これがきっかけで、般若と鷹の刺青の二人は、私にとって大切な風呂友達となった。小学三年生の冬、風呂屋が無くなるまで彼らには、たくさんのスコールと思いやりを貰った。
版元から一言
(作家・東直子 福岡市長賞選評(抜粋)より)
福岡市長賞作品の「清らかな川の町」は、昭和四、五十年代の福岡の歓楽街で働く人たちのリアルな姿を、そこに住む少女の目を通して生き生きと描き出していて、読みごたえのある作品です。
地元の人々の交流を描き、実に個性的な人々が次々に登場します。そういう人たちを、きれいごとばかりではなく、猥雑さを臆することなく描き、ずるさや怖さ、弱さを描いた上で、ある種の愛らしさへとつなげる描写力がすばらしいと思いました。
福岡弁をさりげなく生かした会話は、味わい深くて胸に染みました。読み終えたあと、切ない余韻がいつまでも残りました。読後にタイトルの意味が違って見えてきます。
著者プロフィール
岩崎 美枝子(イワサキ ミエコ)
清川の実家「カフエーふじ」を中心に、人情味溢れる清川の人々を描いた処女作「清らかな川の町」で平成二五年度福岡市民芸術祭文芸部門(小説)福岡市長賞を受賞。続編として、『リベラシオン』157号に「清らかな風の吹く町」、同誌162号に「柳と三日月」、同誌171号に「ぺぺやんととらやん」を執筆。高校時代にスカウトされ、福岡のファッション・モデルとしても活躍していた。現在は「清川」を舞台とした「清らかな町」シリーズを執筆している。追記
福岡県人権研究所第218回定例研究会・ジェンダー部会・ブックスキューブリック箱崎店共催
福岡市長賞受賞作収録『清らかな川の町 花街の小さな女戦士』
出版記念トークイベント・岩崎美枝子サイン会
5/2(金)19時~ブックスキューブリック箱崎店2階
書籍付き・ドリンク付き・サイン会付き
トークイベント参加券(先着60名)
3000円(ブックスキューブリックへ入金)
↓お申し込みはブックスキューブリックPeatix
https://peatix.com/group/27191
Peatixからのお申し込みがうまくできない場合は、福岡県人権研究所(092-645-0388)へご連絡ください。
関連リンク
https://books-f-jinken.raku-uru.jp/item-detail/1776524
上記内容は本書刊行時のものです。ご注文はこちらから 質問する
在庫あり