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50周年を前にして

2021年10月1日

 

梓書院 田村明美

 

創立が1972年だから、小社も来年で50周年を迎えることになる。50年といえば、零歳児が50歳になっているわけで、それなりの風格も実力も備わっていて然るべきなのだが、それはどうだろう。50周年記念行事云々の周辺の声を聞く度に、忸怩たるものがある。とは言え、やはり、50年という歳月は、私の胸の中ではずっしりと重く、動かしがたい場所を占めてもいる。ともあれ、ごく簡単に小社の成り立ちを記すことから、始めたいと思う。50年前の福岡市には、出版社らしいものはほとんど無かった。従って、地元で発行された書籍の類は、単なる印刷物で、とても本と呼べる代物ではなかった。ある教科書会社で編集に携わった経験があり、多少は本造りの知識を持っていた私にとって、この現状は嘆かわしいものだった。それが出版社を立ち上げるきっかけになったのだが、今、思えば、若気の至り、思い上がりを恥じるばかりである。

現在、地元から発行される書籍のいずれも、東京の一流の出版社のものに比べて、何らの遜色もないものになっている。この業務に携わってこられた方々の意欲と努力の成果であろう。

ところで、当然のことだが、出版社には、それぞれ独自の個性、性格といったものがあり、その根元にあるのは、ビジョンであるだろうと私は思っている。

小社を立ち上げる時に私が抱いたビジョンは、地方から出すものであっても、全国に通用する、それだけの普遍性を持つもの(地元に埋もれていたり、忘れられている人や作品を発掘して、その業績を世に知らせることも含む)を出したいというものであった。

しかし、一介の若い女性(信じてもらえないかもしれないが、当時は私も若い一人の女性でした)が、東京中心に動いている出版業界を遥か仰ぎ見ながら、九州の一隅で出版社を起こし、経営していくのは大変であった。資金面、流通面その他もろもろの高い、厚い障壁に阻まれて、いつまで続くぬかるみぞの明け暮れであった。

ただ、私は低空飛行の達人である。地面に墜落しそうで、しない。させない。学生時代に培ったこの特異な技を駆使して、何とか糊口をしのぐことができていた。更に言えば、心優しい社員(低く過ぎる給与)と鷹揚な印刷所(安す過ぎる制作費)に恵まれたお蔭もある。この感謝の気持ちを忘れないために、敢えてこの場を借りて記させてもらうことにする。

さて、そんな中、1979年、「季刊・邪馬台国」の創刊に踏み切った。邪馬台国の比定地論争では九州説と近畿説がしのぎを削っている。九州説の中心は福岡である。地元福岡から全国に向けて発信するのはこれだと思ったからだ。それに、邪馬台国はどこにあったかの謎を解くのに、プロもアマもない、プロとアマの橋渡しをする役目も持たせたい。更には、古代史一般に枠を拡げ、古代史研究上の資料的価値を持つ雑誌にしたい等々の意味を込めての創刊であった。

季刊とは言え、雑誌である以上は刊行し続ける必要がある。採算が合わないからヤメタと投げ出すわけにはいかない。覚悟の出発であったが、矢張り、赤字のお荷物雑誌には違いない。しかし、現在、140号を数え、最初に描いた役目をほぼ果たすまでに育っている。株式会社という営利を目的としながら、赤字刊行を容認していいのかという議論は無論ある。しかし、出版という事業は、文化に資する目的が上位にあると、私は考えている。「刊邪・邪馬台国」はこれからも号を重ねていくだろう。

雑誌はこれのみだが、単行本はかなり出してきた。経営上、ジャンルを絞ってとはいかずに、文芸物、伝記、評論集、写真集、画集、実用書等々多岐にわたる。私が直接関わった書物のいずれをとっても、最初から仕上がりに至るまでの、作業工程の一場面、一場面が思い浮かぶ。紹介したい書も幾つかあるが、本誌には特に思い入れが深く、紙幅を取り過ぎた。一般書については、別の機会に譲らせていただきたい。

私は70歳の古稀を迎えた時点で、代表を譲った。以後、経営には一切口出しをしていない。「老の繰り言」という言葉があるが、歳を取ると、繰り言しか言えなくなると知っているからだ。新しい代表のもとで、更に新しいビジョンを加えて、歩みを進めているようだ。活字離れが一段と強まっている現今、視覚と短い文章で表現できる、マンガ本(教育マンガ)を多く手がけるようになったのも、その一つだろうか。その他にも触れたいが、私が記すこともない。九州の版元の方々と協力し合いながら、新しい50年つまり100年を目指して、機首を大空に向けて高々と挙げ、飛び続けて行ってくれるようにと願っている。

 

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