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子どもと、かつて子どもだったあなたへ

2021年11月16日

 

アリエスブックス発行人 山下麻里

 

文学少女という訳では全くなかった。一緒に行動することで派閥の仲間入り認定されるような女の子たちの雰囲気に、どうしても馴染めなかったのだ。別に友だちが嫌いなわけではなかった。それでも。昼休みになると一目散に図書室へ向かい、書架の近くの、部屋の奥の席を陣取って、開いた本で顔を隠した。中学校の図書室はいつだって古い紙の匂いが充満していて、いつしかその空気を鼻腔いっぱいに吸い込むと、気持ちが落ち着くようになっていた。そこで読んだ本については、実はあまり覚えていない。芥川龍之介「羅生門」やカフカ「変身」を読んで「文学」というもののイメージに恐れをなしていた中学生は、コバルト文庫の「放課後シリーズ」など甘酸っぱいティーン向けの恋が描かれた作品や、赤川次郎などのミステリーを読んでいた気がする。中学生の3年間、学校生活内で与えられた数十分の自由時間をそうやって私は凌いだ。

2015年、目黒実に説き伏せられて(!)、共に福岡で子どもの本の小さな出版社を立ち上げることになった。それまで「本」と「子ども」をテーマとした展示やイベント、ワークショップなどを企画してきていたことからすると、自然な流れのようにも思えた。自ら企画した本を世に送り出すことができるなんて、何て心踊ることだろうとも思った。しかしだ。事務作業や人付き合いがてんでだめな私が、編集から装丁、書店営業、金勘定までを一手に担うことなどできるのか。さらに出版業界にも書店業界にもいたことのない、ずぶの素人ときている。内実、豆腐のような私のメンタルは、そのプレッシャーに押し潰されそうだった。すがるように読んだのが、晶文社の〈就職しないで生きるには21〉シリーズの島田潤一郎著『あしたから出版社』と、矢作多聞著『偶然の装丁家』だった。2冊の本を交互に読みながら「大丈夫、何とかなるさ」と自分を奮い立たせた。

第一弾の絵本企画はすでに決定していた。目黒実作、荒井良二絵の『鳥たちは空を飛ぶ』だ。荒井良二さんの原画があがるまでが私の猶予期間だった。そんな時、福岡天神のファッションビル、イムズ地下2Fの10層吹き抜け空間「イムズプラザ」と8Fのギャラリー「三菱地所アルティアム」で、「荒井良二じゃあにぃ」という連動展示・イベントの企画とデザインを担当することが決まった。そしてこの展示と時期を合わせて『鳥たちは空を飛ぶ』も上梓することが決まった。嬉しさひとしお、プレッシャー100倍である。もう逃げ道は無くなった。腹を括るしかない。絵本編集のいろはを教えてくれた敏腕編集者山縣彩さんの愛の鞭で、東京スタッフの村上沙織とともにビシリバシリとしごかれながら、汗と涙の編集生活がスタートした。荒井良二さんからラフを受け取った時には本当に落涙しそうだった。書き手のテキストを受け取って咀嚼し嚥下して、別の形として表出させるということは、私にとってはまるでマジックのような技だった。そんな瞬間に立ち会えるのが版元の醍醐味なのだと知った。

『鳥たちは空を飛ぶ』はテキストに漢字をつかった絵本だが、ルビは振っていない。多くの絵本が紙の取り都合で32ページ構成であるのに対し、この本は倍の64ページという分量に落ち着いた。絵本は「子ども(年齢の低い人)のための本」であるという常識を超えたものにしたかった。「年齢は年輪を重ねていくようなもので、その中心には子ども時代の自分がいる」とおっしゃったのは、詩人の谷川俊太郎さんだ。年輪を重ね、絵本を卒業したと思っている人たちこそが手に取り、その中心にいる子どもにまで浸透していく絵本にしたかった。

最終的にこの絵本は、中学生の私に届けたいものとなった。部活に打ち込み快活に汗を流すいっぽうで、友人との距離をはかりきれずに図書室に隠れるように逃げ込んでいたあの頃の私に。同じように言葉にできない生きづらさを抱える現代のデリケートな人たちに。「希望とともに逃げろ」と。中学校と高校にこっそり侵入して図書室の書架にそっと挿してきたい(しないけど)。

そして、子どもたちやかつて子どもだった大人たちが、自分の「好き」を見逃さず、一所懸命に遊べることがらを手にする足掛かりになるような本をつくっていきたい。

 

 

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