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旅人のように、ずっと宮崎でやっていく

2021年12月4日

 

ヴィッセン出版 前田 朋

 

ヴィッセン出版は京都市内の北部、鞍馬山や上賀茂神社の神山(こうやま)に囲まれた山間の一角で創業した。創業といっても企画して本を出していけるように動きだそう、と私が決心しただけのことだけれど。
今でもあまり変わっていないけれど、それまでは請負で学会から発行される書籍や雑誌といった読み物を編集することを担当するのが主な仕事だった。それはそれで楽しい仕事であり、個人では調査に入れないような神山の野生鹿の調査や、東山山系を移動している日本猿のグループの追跡調査、法然院の森の生態系調査などに加わることができたのは、大きな収穫だったと思っているし、今の私を作っている要素であることは間違いない。
ただ、この調査ならこういう本にしたら興味が広がるのではないか、とか、これは専門家だけの間に共有する情報でよいのではないかとか、学会活動費が縮小するなかで、自分なりの意見や視点が増えていったのもその頃からだ。それが10年前の2010年ごろの話。年齢とともに身動き取れなくなりつつある自分自身に息苦しさを感じ始めたともいえる。
その頃から基地は京都でなくてもよいかもしれない、と思うようになった。縁あって宮崎大学との行き来も続いていたこともあり、宮崎の魅力にはまっていった。生まれながらの京都人だけれど、京都の寒さ、暑さは耐えがたいし、というのも、宮崎に憧れた大きな理由。
それでも決心するのにグズグズと時間がかかる私ゆえ、結局、移転をしよう、移住をしようと決めるのに8年かかった。暮らしやすさや生活環境などの様子、出版事情なども調べてはみたけれど、話をきける出版社はなく、土地や家を頼める知人も少なかったので県の移住担当者の方にしつこくメールを送り、資料を山のように送ってもらい、休暇のたびに訪ねて行き、あちこちと案内をしてもらい、やっと決めた。

宮崎に来て5年。今の場所に落ち着いたのは3年前。庭にはモズが縄張りをはり、チョウゲンボウが様子をうかがい、キジが走り抜けていく。モグラが移動した跡を残し、驚くほど多くのミミズや昆虫が居る。探しに行かなくてもここで観察すればいい。
この3年間はまるでキャンプに来た旅人のような暮らしぶりだった。地に足が付かないというか、地元民にもなりきれないというか。
でも、それでいいと思うようになった。「旅人のように暮らし、地元民のように旅をする」これが心情でいままでやって来たのだから、と今さら乍らに思っている。
少し離れて日常を見ていると、意外とご近所の方からいろいろなことが素直に教えてもらえるし、この地の土の話、風の話、雨の話を農業のプロの目で見てきたところを聞かせてもらえる。
このスタイルでいい。よそ者だから感じるこの地の魅力を、何かのかたちで本に反映させられるようになればいい。
そんなふうにずっとここで編集をし、暮らしていきたい。

 

 

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